THE CHILDREN OF GODS.
―しろくろ。―



 14/白黒



 愛は時として憎しみを生む。
「ひどいなぁ白は……いつも一緒だって言ったじゃないか」
 ぬばたまの髪が波打つ。白い空間。それはよく映えて美しい。
「僕たちは二人で一つ。それに……僕に君が勝てるわけ無いじゃないか」
 白い狼。空間に溶け込みそうだ。ぴくりとも動かない。
 愛は時として痛みを伴う。



 すとん、と軽くその場に降り立って、亮は周囲を見渡した。いつも白楼と会話する空間だ。果てが近いようにも遠いようにも思える、いやもしかしたら無いのかもしれない、そんな空間。
「……ふぅん……」
 とんとんと足で地面を叩く。ここまで実感があるのは初めてだ。今まで夢の中と同じ状態で話していたせいもあるかもしれないが。
「あれ?ついてきちゃったの?」
 聞き覚えのある声が後方からした。ゆっくりと振り向く。焦りは禁物だ。
 そこにいたのは男――黒蓮と、その足元には白い狼。
 言わずとも分かる。白楼だ。
「……シロを返せよ」
「やだね。だって元々白は僕のものだもの」
 にこりと笑う異常なほど整った顔。化け物だ。唐突に黒蓮の周囲が光り始める。するりとその黒を飲み込んで、現れた男は。

「だって白は、僕の兄さんだもの」
「お前――守護獣か……!!」

 黒髪の両側から生える黒い獣の耳。服装も先ほどとは違い白楼の着ていたものと酷似している。は、と笑った。見下す目だ。
「守護獣?は、あんな下等な生き物と同じにしないでよ。僕達は神様さ」
 神。そんな話を聞いたばかりだと思い出す。そうか、有と無。白楼が「無」の部分を司るならば、この弟――"黒"は。
「『有』を司る……神獣」
「正解。『閻魔』が言ったの?悪い情報屋だなぁ」
 情報を漏らすなんて、と続ける黒い神獣は、たしかに綺麗としか形容のない笑顔を浮かべていた。でも奥に在る感情は、無垢なる狂気。
「僕が有を司る黒き神獣、白が無を司る白き神獣。僕達はいつのまにか此処にいて、ずっと二人だった。だって守護獣に会ったら、白のせいで死んじゃうんだ。消える、って言ったほうがいいかな?でもやがて僕が生み出す。そうやって成り立ってるんだ、この世界は。何億年も前から」
 黒蓮はしゃがみ、兄弟である白い狼を撫でた。ぴくりとも動かない。代わりに亮に眩暈が起こる。思わず膝をついた。
「なのに白は僕の前から姿を消した。自分の能力で記憶を消してね。しかも守護獣になって個々の空間を持てば、確かに白を探す事は難しくなる。そうやって十五年も、僕を一人きりにした!所詮『無』は『有』に勝つ事など出来ないのにね!だってそうだろ、『無』という存在を生み出すのは『有』だ!『白』は『黒』に勝つ事など到底無理!蹂躙されるだけの色だ!なのにお前は……!!」
 笑顔が歪む。右手が振り上げられる。亮は動けない。白楼が足りない。力が足りない。支えきれない。

 自分は白楼に、何もしてやれない。

「――――ッッやめろおおおおぉぉぉおおおおおッ!!!!!!!」

 瞬間、閃く。
「な――」
 開いた穴が、埋められたような気がした。
 立ち上がる。立ち上がれる。遠かったのにもうこんなに近い。白い。
「……俺はお前に助けられたんだ」
 ふらり、よろめく白い背中。腕を伸ばして支える。嗚呼自分はもうこいつから離れられない。だってもう、生まれた時から二人で一人だから。
「シロ……!!」
「あの時お前を助けたのは俺だ、だからこれで引き分けだな」
 白い髪。獣の耳。その整った顔。眉をひそめてはいるが、彼は亮の守護獣――白楼だった。
「なんで……なんでだよ!」
 悲痛な叫びが吸い込まれていく。黒蓮が手を伸ばした。其の先に生まれるのは刀だ。
「白のせいでお前は友達を失ったんだぞ、殺したんだぞ!?何でそこまで白を欲しがるんだよ、僕から奪おうとするんだよ!」
「黒」
 白楼は亮の手を離れた。対峙する。しろとくろ。
「俺は自分の運命が嫌になったんだ。消すだけ、生むだけ、知っているのはお前だけ、力をコントロ−ルしたところでこの世界じゃどうにもならない。そうだ、思い出した」
 白楼の手がぴくりと動いた。瞬間黒蓮の手にあった刀が消える。
「だから俺は外の世界に行きたかったんだ。運命も役目もない、代わりに――『神子』がいる世界」
 ふと、言葉を切った。白い耳が動く。
「いや――"友達が"、か」
 ぶるぶると震える、黒。その姿はただ小さな子供。いくら能力が、身体が育った所で、心は育たないまま。二人きりでは育たないまま。
「白は僕のこと――嫌いになったの?」
 ぼたぼた何かが落ちる音。ここからじゃ見えない。亮は白楼の手を制した。踏み出す。
「……寂しいのか?お前」
「何、を」
「俺も寂かった」
 きっと殺そうと思えば殺せる距離だろう。そんなの今はどうでもいい。白楼を奪って、奪われて、この小さな――神獣は。
「でもシロが友達になってくれたんだ。だからもう寂しくない。お前は――寂しかったんだな」
「言うな……ッ」
 威嚇する。虚勢だ。意地でプライドで、でも泣くほど辛い。
「白楼はやれない。俺だって死にたくないし、シロは友達だ。だから――」
 膝をついた、友達の弟。辛くない、もう大丈夫。
「俺がお前の友達になる」
 しろいろとくろいろに、神の肩書きは重すぎた。




【20070605 ブログ「黄昏は雨の日に」より】