THE CHILDREN OF GODS.
―しろくろ。―
9/裏切り
月代と冴斗は、二つ違いだ。兄弟で友達。上神田の家で、唯一月代と仲の良かったのが、彼だ。
月代には兄が二人、姉が一人いた。笑顔を向けられた覚えは無い。血筋としては名誉でも、自分達の弟が次代の一族をしょって立つなど、屈辱以外なんでもなかったのだろう。
両親は喜んだ。自分達の子供が氷鬼を憑けたのだ。なんでも百年ぶりだとか何とかで、月代は籠の鳥だった。小学校に上がるまで屋敷から出たことが無い。その籠で一緒に育ったのが、当主の一人息子、冴斗だった。
月代に戦闘意欲がない、氷鬼の利用価値に気付かないことが判ってくると、両親も皆も次第に離れていった。表面上は氷鬼憑きである月代を恭しく扱うが、誰もが月代を、「上神田史上最悪の出来そこない」として見ていた。
冴斗は上神田の一族でありながら、他の守護獣を憑けていた。それ故親の心が彼には無かったのだろう。その境遇は月代と似ていた。自然と二人はいつも一緒だった。
月代は信じていた。冴斗のことを。氷鬼以外に友達がいるかと訊かれれば、月代は迷わず冴斗だと答えるだろう。
信じていた。
「……僕のこと……嫌、い…だったの……?」
震える声で、月代は問うた。その視線は目の前にいる亮を通り越し、冴斗を――友達だと信じていた、少年を見つめていた。
冴斗はしばらく驚愕の表情を見せていたが、やがてその長い髪の毛をかきあげると、ため息をついた。そして――にたりとわらう。
「……あァ、そうだよ。ボクはお前のことなんか大嫌いだ。物心ついたときから、ボクの前にはお前という壁が立ちはだかっていたんだ――お前みたいな"出来そこない"の壁が、ボクを一生阻むんだよ? 其れがどんなに屈辱的か――わかるかい?」
怒りに震える小さな身体を抱き締めるようにしながら、冴斗は声を上げて笑った。ぞっとして、亮は肩をすくめる。息が白い。
(これは――月代の、力?)
見た限りでは、結羅を――冴斗の守護獣を凍りつかせているのが彼自身の力ではないようだ。自分はもちろん違う、他に今力を放出している『神子』がいるとしたら――。
(この圧力が全部、月代の力だってのかよ……!!!?)
身体中の骨が軋んでいる。まるで何かが肩に乗りかかっているようだ。「閻魔大魔王」の言う「三鬼」――その一匹を憑けているだけのことはあるのだろうが、これほどまで強力とは。
ひとしきり笑った冴斗は、月代を見据えると、一言言い放った。
「――お前なんか、友達じゃないよ」
「――っやめろ!!」
亮が止めるには、遅かった。
耳鳴りがする。視界が揺れる。肺が潰されそうだ。亮は力を解放して、周囲に無の壁を作った。重荷が取れ、息を吐く。
冴斗はやっと異常に気付いたようだ。呆然と月代を見ている。
月代は頭を押さえていた。その周囲に氷の塊が現れる。守護獣はいない。そして、――咆哮した。
「――――――ッッッツあああアアああああぁぁぁァァァアアああ!!!!!!!」
鋭利にとがった大量の氷塊が、冴斗にむかって一斉に放たれた。守護獣を使うことも、動く事もできずただ立ち尽くす冴斗、容赦の無い氷の塊、そして――。
無。
「――ち、さすがに冷気までは消せないか……」
冴斗が気付いた時には、氷塊は消えうせ、代わりに目の前に居たのは、先ほどまで対峙していたはずの亮だった。
手足が震える。足元から湧き上がるこれは?体を抱き締める。冴斗は目を見開いて、月代を見た。
(これが――『三鬼』の、月代の"力"……!!!!)
月代がいままで氷鬼の能力、すなわち「神子」の力を使った事は数えるほどしかない。つまりそれだけ能力の支配力が不安定であるという事だ。それに氷鬼の能力は完全に戦闘向けというわけではない。それをこんな風に使って攻撃するなど――。
(仮にも『氷鬼』憑きだってことか……!!)
「おい、大丈夫か?」
ふと、目の前にある背中に焦点を合わせる。そいつは冴斗を振り返っていた。はっとする。
「あんた、今何した……!!?」
「あ?」
目の前で、氷刃を全て消した――一之瀬亮、が。
「……氷鬼と、互角……!!?」
何たる事だ、「三鬼」に敵う神子が――守護獣がいるなんて。それともまだ発見されていない「三鬼」憑きのうちの一人――?
「あんた、能力は……」
「今それどころじゃねえだろ」
亮は月代に視線を戻した。深い青の瞳が縦に裂けていく。長島と――"「事件」の被害者"と同じように。
("事件"に巻き込まれてたのは冴斗じゃなくて月代だったのか……!!)
先ほど冴斗に感じた違和感は、冴斗のものでなく、月代だったのだ。冴斗に何かを感じていたのだとしたらそれは――憎しみ。
一度消した氷塊は、へたり込んでしまった月代の周囲に再度現れる。鋭く尖った先端がゆっくりとこちらを向き、震えだす。振動が空気を伝わり、鼓膜を打つ。
「ぁ……ッ」
亮の後ろで、冴斗が膝をついた。耳を押さえている。
「空気を消したら呼吸が出来なくなる、俺の能力は俺にしか効かない。少し待ってろ、冴斗!」
そう声をかけて、亮は月代を見、氷の塊を見、そして彼の守護獣の存在に気付く。
「氷鬼――」
『貴様、亮とかいったな。もはや月代は私には止められぬ』
直接脳に響いてくる声に、亮は頷いた。月代と亮の丁度中間ほどに立っていた氷鬼が、ふいとその直線から離脱する。
『力添えはする、だが私の力ではこれで精一杯だ。あの氷塊が放たれるのも時間の問題――亮、貴様に月代を託そう』
「……ああ」
聞こえておらずとも、意思は伝わる。亮は呟いて、両目を閉じた。全てが見えなくなる。"力"の圧力は消せていても、冷気までは消せない。肺が凍る。それでも、強く。
(月代は操られてる――それが殆どじゃなくても。俺は奴を助けたいし、『事件』の真相も知りたい。目の前で苦しんでる奴がいるのに助けないなんて、できねぇ)
そうやって知り合ったのだ、月代とは。出会ってまだ日も少ない、月代の標的は冴斗だから逃げるのは他愛も無い、それでも。
(俺は――)
迫り来る気配、冷気。氷鬼の力が押し負けたのだろう、闇の中でそれをただ感じる。両手を、突き出した。念じる。
「あいつを、助けたい!!!!」
【20070211 ブログ「黄昏は雨の日に」より】