THE CHILDREN OF GODS.
―しろくろ。―
8/愛憎
まるで時代劇の中にでも入り込んでしまったような心地だった。
広い中庭――どちらかと言えば庭園だ――を囲むように存在する家の構造。廊下と庭に壁はなく、芝ゆえ裸足で降りられるようになっている。そこに亮は座っていた。
「上神田一族とやらもスゲエな……」
ある意味宗教的ですらあるが、月代が言うには、弟子のような信者のような人間は三ケタ以上いるらしい。その中に覚醒している者は何人いるのやら。
「俺も今まで覚醒した神子なんて数えるほどしか……――!!!」
翻る何か。はっとして、殺気に身構える。腕に感じる鈍い衝撃と、浮遊感。
中庭に転がり出る。亮は体勢を立て直して、相手を認めた。
「……冴斗?」
「あんたにそーやって呼ばれる義理はないね」
腰に手を当てて、冴斗は言った。長い、下ろされ解かれた髪が風に揺れる。その間から顔を出したそれは。
「守護獣……!!?」
冴斗は鼻から息を抜くようにふんと笑った。子供とは思えないその大人びた様子に、亮は眉根を寄せる。
「ボクの計画崩さないでよ。あと数年は必要なんだから」
冴斗の肩に乗った大きな鼠のようなそれ――守護獣の体が、まるで毛糸玉のようにするすると解けていく。
(気付かなかった…?)
いつもならわかるはずなのに、気付かなかった。冴斗が神子だなんて。
(月代の力しかわからなかった――つまり)
それだけ月代の力が強いということか。
「ナメてんのッ!!?」
解けた冴斗の守護獣の体が伸び、大量に亮へ向かって飛んで来る。舌打ちして、亮は"力"を開く。
(――消え、ろ)
念じ、触れる――その直前に、守護獣の体が引く。
「なーんて、知らない力持ってるヤツに不注意に攻撃なんてしないよ。ただ、アレはボクの玩具だってコト、わかってくれればいいんだもん」
「……アレ?」
「月代」
くるくると指で自らの髪を弄びながら、冴斗はなんでもないことのように言う。
「月代は、ボクが必要なんだ。"友達"のボクが。あいつには人間の友達がいないからね」
裸足で庭に下りてくる冴斗の髪に、自らの身体を絡める守護獣。其れは酷く美しかった。
「だからボクは、うんと仲良くしてやる。月代にはボクしかいない、そう思い込ませてから――」
冴斗は笑顔だった。それは人を癒す其れでなく、畏怖を覚えこませるような――憎しみと怒りに満ちた笑顔。
「突き落とす」
ざわり、と守護獣の身体が震えた。
「ボクは当主の息子なんだ!!それなのにあんな――上神田の恥さらしが……氷鬼を憑けたくらいで、次期当主だと!!笑っちゃうよ、はは!!ねぇ、結羅(ユイラ)!」
びくん、と冴斗の守護獣――結羅の体が跳ねた。そのまま中空に漂い、目を光らせる。
それは見覚えのある眼光。
「お前――"事件"の……!!?」
亮がそう叫ぶと同時に、結羅の解けた体が一斉に亮に向かって飛んで来る。冴斗はただ笑っている。目は見えない。亮は身構える。
「邪魔な奴らは全員――消してやるッ!!!!!」
びた、と、全ての動きが止まった。
「――――――――――――!!?」
突如、結羅の体の末端が凍りつく。少しずつ本体に向かって、其れは進んでいく。肺を刺す冷気。亮は振り向いた。
「……さえ、と…君……? 今の……ほ、んとう……?」
其処に居たのは、血の気を失った顔で必死に柱で体重を支え、今にも泣きそうな表情で冴斗を見つめる月代だった。
【20060729 ブログ「黄昏は雨の日に」より】