THE CHILDREN OF GODS.
―しろくろ。―



 6/敵意



「亮ー、客ー」
 名前を呼ばれ、亮は気だるげに顔だけをそちらに向けた。教室の戸口にはクラスメイトの山中と、中等部の服を着た少年が一人立っていた。彼がぺこりとお辞儀をする。
「あの……一之瀬先輩、先日はどうも有難うございました」
「ええと……上神田月代」
 山中をちゃっちゃと追い払うと、亮は廊下へ出た。壁に背をもたれさせ、月代を見る。
「あの……それで、今日放課後、僕の家にいらしてくださいませんか? 御礼もちゃんとしたいですし……」
 学校で亮と――上級生と話していれば、なおさらイジメの対象になるだろう。だからこその提案。それを悟り、亮は頷く。
「わかった。じゃあ、"裏門"の所で待ってろ」
「はい。お心遣い有難うございます」
 そう言って、月代は頭を下げた。それからゆっくりとその場を離れていく彼を見ながら、亮はふと考える。
 会話の中で言葉の裏にある意味を素早く悟れるということは、頭はさほど悪くないようだ。あと気になるのは、あの年齢とそぐわない物言い。
(……まぁいいか)
 結局そうやって決着をつけると、亮もまた教室に戻った。




 年齢にそぐわない物言いとやらの、原因がこうもあっさりわかるとは。
 亮はその建物を見、ぽかんと口を開いた。
「どうぞ御入り下さい。大して何も無い所ですけど」
「いやお前何も無いって……」
 そのどでかい門の前で、亮は月代を見、それからまた門を見た。
 恐る恐るそれをくぐり、石畳を歩いて、玄関にたどり着く。自分の部屋ほどあるんじゃないかと思うような玄関にまた唖然とし、亮は再び月代を見る。
「……おい、月代。ここ……お前の家、なんか?」
「はい。どうぞ、遠慮なさらずに」
 大きな木の門。大きな玄関。そして――大きな"屋敷"。
 そう、月代の家は、それこそ驚くような大きさの、屋敷。
 靴を脱ぐと、その場にいた女――多分、使用人とかいうやつだ――がそそくさとスリッパを置いた。そんなものろくに履いたことがない亮は狼狽したが、まぁとりあえず、それに足を突っ込んだ。
 其処へ来て、ふと「閻魔大魔王」の言葉を思い出す。
(ここの当主が――俺のことを調べてたんだっけか……?)
 そして月代が、上神田家代々の守護獣――氷鬼憑きだと。
「此処が僕の部屋です」
 はっと気付くと、月代が一つの部屋の前で止まっていた。それにしてもずいぶん歩いた気がする。
「どんだけ広いんだよおまえん家……」
「そんな事いわれましても……あ、どうぞくつろいでいてください。僕ちょっと、台所まで行ってきます」
 障子戸の奥へ亮を通すと、月代はその戸を静かに閉めた。後にスリッパの音が聞こえ、彼が遠ざかったことを知らせた。亮はため息を吐く。
「あんなのが代々の守護獣憑き……言っちゃ悪いが、勤まんのかよ、そんなの」
「本当に悪いぞ」
 唐突に聞こえた声に、亮は飛び上がった。それから薄暗い部屋の中を見回し、何も無いことを確認する。
「……幻聴?」
「ここだ、此処。貴様の足元だ」
 再び驚いて足元を見ると、其処にいたのは狐――いや、"角を持った狐"。
「な……っ」
「貴様は月代を見くびっている。あれは今まで私が主になったものの中で一番強い」
 鼻をひくつかせ、氷鬼はそう言った。思わず混乱する亮を前に、彼は三本の尾を揺らすと立ち上がる。
「貴様、守護獣憑きか? 私と会話が出来ているという事はそうだろうが……"力"が読めぬ」
「……い、一応神子だ……」
「そうか」
 ふいに、氷鬼が障子戸を見る。亮もつられてそちらに視線を移すと、子供がその隙間からのぞいていた。
「あ……こ、こんにちは」
「ども……ええっと」
「月代の従兄弟の冴斗だ」
 氷鬼はそう言い、ふっと姿を消した。それと同時に、障子の隙間が広がる。もじもじした様子で、冴斗が入ってくる。
「お兄さん……って、月代の……何?」
「え」
 冴斗は笑顔だ。しかしその整った顔についている眼は鋭く、亮を射る。
(あー……)
 小さい子供なのに、いやそれゆえか、彼の後ろにどす黒いオーラが見えた気がして、亮の笑顔は固まった。
(もしかしてブラコンって奴?)
 月代が早く帰ってくるコトを願って、亮は愛想笑いで対抗した。









【20060621 ブログ「黄昏は雨の日に」より】