THE CHILDREN OF GODS.
―しろくろ。―



 5/上神田



『白、今日は何して遊ぼうか』
 無限と虚無のはざ間。有と無の両方。距離感のないその空間に、二人は住んでいた。
『今日か?今日は、守護獣を探しに行こう。俺と黒の仕事になるんだから』
『そういえば……。じゃあ、行こうか?でもみんな死んでしまうよ』
『いいさ。守護獣なんて、いくらでもお前が生み出してくれるだろう?死んでしまったとしても、しょうがないよ。そういう定めだ』
 幼い彼らは、兄弟だった。にっこりと微笑んで、手を取り駆け出す。二人の正反対の色の髪が揺れた。




「ああっ! 捕まったっ!」
 わざとらしく言ってみたりする「閻魔大魔王」に青筋を立てながら、亮は組んだ腕を腰に当てた。
 ここは例の廃ビル。結局「閻魔大魔王」を探す場所なんてここくらいしかなかった亮は、捜索二週間目にして、ようやく「閻魔」を捕まえた。捕まえた、といっても、服を掴んでいる、という状態なのだが。
「……お前、影で尾けてたなら俺の行動くらいわかったはずだろうが」
「おお、よく覚えてたな。まぁなんでもいいけど」
 良くない、と思いながらも、亮は口を開かず「閻魔大魔王」の次の言葉を待つ。「閻魔」の背はそれなりの身長を持つ亮の、頭一つ分より大きい。見上げる、という様子に亮は、なんだか無性に腹がたった。
「この前の……長島? とかいう奴。あのバトルはなかなか迫力モノだったなぁ。つっても、建物の影でよく『視』れなかったけど」
「そりゃあよかった。こっちには何のメリットもねぇんだからよ」
「俺としては困るんだがな。上神田様からの依頼の件もあるし」
「上神田なんてやつの依頼……かみかんだ?」
 わざとらしく「あ、いっちまった」などと言ってみせる「閻魔」は、更に言葉を続ける。
「お前がちょっと前に声かけた上神田月代って子の家の、当主殿だ」
 見聞屋なんてアブナイ仕事をしているわりには、「閻魔」は様々な情報を亮に流す。亮としてはそんなことどうでもいいのだけれど。
「『三鬼(サンキ)』……まあ、守護獣の中で最強といわれる三匹の総称だがな、その『三鬼』の一匹である"氷鬼"という守護獣を代々継ぐ一家だ。通常一族で同じ守護獣を継ぐなんて事ありえないんだがな、氷鬼とやらも気まぐれな奴なんだろ」
 結構適当なことを言い、「閻魔大魔王」は一つ大きな欠伸をした。それから影藤を具現させ、「会話」する。
「ええと……お前を調べるという依頼の真意は教えられねぇけどな、その月代って子が今現在の氷鬼憑きの人間だ。上神田家のことは一通り調べてあるから、また訊きにこいや」
「は? え、おいちょっと、待ッ……!!」
 手の中の服の感触が一瞬にして消え去り、「閻魔大魔王」は掻き消えた。
「…………一番訊きたい事、訊いてねぇっつうの……」
 がっくりとうなだれて、仕方なく亮はその場を後にした。




「月代、来なさい」
 薄暗い部屋に、鎮座する面々。重苦しい雰囲気の中、月代はゆっくりと膝を進めた。
「……はい。父上」
 真正面――といっても、2,3メートルも間隔があるのだが――に座る自身の父を、月代は直視出来ずにいた。それ以前に、直視した事なんてただの一度もない。
「お前は氷鬼殿に憑かれておきながら、なぜあの方の力を使おうとせんのだ。一族のはじさらしぞ」
「……申し訳ございません……私が未熟なばかりに……」
 声を押し出す。これにももう慣れた。もう何年も、こんな生活をしているのだから。
「……下がれ。もう良い。……これならまだ、冴斗(サエト)に憑いた方がよかったものを……」
「そう言うな、唯月(ユイヅキ)。生まれてしまったものは仕方がないのだ」
 何故自分は生まれてきたのだろうと、そればかりを思う。なぜ、こんなイラナイモノを。
「……失礼します」
 畳が気持ち悪い。自分の親族たちはみな、……もちろん父親も、自分の事が嫌いだ。




 自室にこもり、ぼうっとしていると、氷鬼が具現した。
「……月代、そう気に病むな。誰がお前の敵になろうと、私はお前の味方だ」
「……うん」
 氷鬼は三つの尾を揺らしながら、月代の膝の上に乗った。しばらく月代の顔を見上げていたが、やがてその場に丸くなる。月代はその背をそっと撫でてやった。
 上神田一族の中に生まれ育った月代は、物心付いたときから氷鬼を具現させ、一緒に遊んでいた。それほどに、月代自身の「力」は強かった。
 父親や親族は、月代が氷鬼の「力」と自身の「力」を使い、歴史に名を残すことをして欲しいと願っているのだ。それは、数百年続いたこの一族の願いだった。
 けれど月代にとって氷鬼は唯一の友人であり、「力」の対象としてみたくなかった。だからこそ、嫌われる。
 平和を望んで、何がおかしい。
「月代?いる?」
「……冴斗くん?」
 障子戸が動き、上神田冴斗が顔を出した。彼は月代の従兄弟、当主の長男の第一子にあたる。
 白い着物の上を流れる栗色の長い髪を緩く一つに束ね、一見少女と見紛う程の容姿を持った冴斗は、なにかと月代を気遣ってくれる。それは月代にとって心の支えだった。
「また叔父様に何か言われたみたいだね。父上もヒドイや」
「しょうがないよ……僕が悪いんだから」
「そんなこと無いよ!!」
 冴斗は月代の隣に座ると、そっと手を握った。少しだけ低い目線が泣きそうに月代を見る。
「月代が認められないんなら、ボクはどうなるの!!? ボクは氷鬼様以外の守護獣憑きの、上神田に必要の無い人間になっちゃうよ……!!」
 月代は慌てて、冴斗の手を握り返す。
「ごめんね、そんなつもりじゃないんだ。そうだね、僕……父上に認めてもらえるよう頑張るよ!」
 冴斗の表情が明るくなる。そんな光景を見て、氷鬼はため息をつきながら消えた。
「うん、ボクも頑張る!」
 冴斗は、綺麗に笑った。月代も笑う。
 月代に、亮が言った"友達"が氷鬼以外にいるとするなら、それは冴斗だ。








【20060527 ブログ「黄昏は雨の日に」より】