THE CHILDREN OF GODS.
―しろくろ。―



 4/友達



『――おまえ、うざいんだよ』
『男のくせに』
 悪い夢。そう――夢だ。これは悪夢。
『何だよこの髪の毛。キモイ』
 夢であって欲しい。ゆめ、わるいゆめ。
『お前……死ねよ』




「月代(ツキシロ)、大分うなされていたようだが……大丈夫か?」
 暗い部屋に光る蒼い双眸。汗のせいで額に前髪が張り付いていた。重たい瞼を持ち上げて、少年は微笑む。
「……大丈夫だよ、氷鬼(コオリオニ)。僕は……大丈夫」
 少年は上体を上げると、そばによってくる一角の狐の身体を抱き締める。不思議そうにしながら、彼は腕の中で大人しくしたままでいる。長い三つの尾が、それぞれに揺れた。
 自分には、氷鬼がいる。だから――大丈夫。



 長島が亮に襲いかかってから数日が過ぎた。
 長島は、何も覚えていないようだ。喧嘩の事も、「力」のことも。亮の「力」が、記憶にも少し接触したのかもしれない。
「……ったく、何で俺がこんなこと」
「なんか言った?」
 週番とやらの日誌を書きながら、亮はぶつくさと文句を垂れる。さすがに今日は、紅音に捕まってしまったのである。当の紅音はなにもせず、亮の隣で彼を見張っていた。さすが亮と張り合ってきただけあり、眼光が怖い。逃げられない、と改めて亮は思った。
(とにかく、なんでいきなり長島があんなふうになったかを考えねぇとな……)
 "事件"の事よりもそっちの方が重要だ。「閻魔大魔王」はまだ何も言ってこないし、その"事件"のことはまだ放っておいても良いだろう。
「おい一之瀬、あれ……」
「あ?」
 顔を上げると、紅音は窓の外を見ていた。亮もその視線の先を追う。
 亮たちの教室は、中等部と高等部の校舎にはさまれた中庭に面す二階にある。中庭は普段、昼休みに女生徒が数人いるくらいで、つまりはあまり人が来ない。しかも今は日も暮れかけた放課後である。
「おいおい、あれ中等部の制服だよなぁ?大丈夫かな、あの子」
 数人に囲まれた、少年が一人。その髪は銀色で、とても目立った。うずくまっているようだ。
「イマドキいじめなんてあんだな……」
「……」
 銀色の少年を残し、他の男子生徒たちは去っていく。それを見届けたあと、亮は立ち上がった。
「ちょ、ちょっと一之瀬!!?」
「ちょっといってくる」
 そのまますたすたと行ってしまう亮に、紅音は唖然とその後姿を見送るしかなかった。



 亮が中庭に下り立ったとき、少年はぼうっとその場に座り込んでいた。よく見ればその銀の髪の毛は、少し蒼みがかかっているようだった。
「おい、大丈夫か?」
「……!」
 少年が弾かれたように顔を上げる。少し長めの髪が揺れた。幼い、少女のような顔立ち。瞳が深い青色だ。少し驚き、亮は目を見開く。
「とりあえず、そんなとこ座ってんな。ほら」
 手を差し出すと、少年はじっとその手を見つめた。少しためらって、掴む。
「……ありがとうございます」
「おう」
 ぐい、とひっぱると、少年はのろのろと立ち上がった。亮の頭一つ分ほど小さいその少年の頭を、ぐしゃぐしゃとかき回す。少年は驚いてあとずさる。
「っな、なにするんですか!!?」
「お前、名前は?」
「はい? か、上神田月代(カミカンダツキシロ)ですけど」
 少年――月代は、混乱した様子で亮を見つめる。それに対し亮は、その名前を口の中で繰り返すと、腰に手を当ててのたまった。
「お前友達いなのか」
「――!!」
 月代は亮を睨みつけた。亮は月代に目を向ける。
「俺はいる。一人――一生もんの友達だ」
 一人。そう――一人だけ。
「お前にもいるだろ、そんな奴くらい。友達なんて一人いりゃ充分だ」
「……っ」
 ひとり。一人だけ。それで充分。
 校舎が夕日で赤く染まる。あたたかい色だ。何で気付かなかったんだろう。
 亮は呆然としている月代を残し、彼に背を向けた。途中で思い出し、振り返る。
「俺、一之瀬亮。"友達"になって欲しかったら、そういえ。こんなんでもちょっとは役に立つ」
 亮は中庭を出た。らしくない、と自分で毒づく。
 ああいう人間は見ていられない。自分とは正反対だから共感してやることはできなくても、気持ちは同じなんだと思う。
 友達なんて、一人いれば充分だ。









【20060527 ブログ「黄昏は雨の日に」より】