THE CHILDREN OF GODS.
―しろくろ。―
3/能力
「おいこら、一之瀬亮っ!!お前今週あたしと一緒に週番だろっ!!」
学校に着くやいなや、クラスメイトである綾小路紅音(アヤノコウジクオン)に襟首を掴まれた。
学校に、と言っても今は昼休みである。昨晩、疲れた状態で白楼と話をしたのがたたったようで、もともと朝に弱い亮は起きられなかったのだ。それでも学校に来ただけほめて欲しいものだ。
「うっせぇな、こちとら寝起きだっつぅの」
「関係ないっつーの!!今日はあたしがやったんだから、明日はあんたがやってよねっ」
それだけ言うと、紅音は腰に手を当てて教室内に引っ込んだ。ぐわんぐわんする頭を押さえながら、亮は自分の机に鞄を下ろす。
綾小路紅音と亮は、入学式早々喧嘩をするというどうしようもない感じの出会い方をした。挙句、教室に入ってみると、同じクラスな上に出席番号の前後だといったふうな、ある意味運命の関係である。亮も紅音もそれなりに、まぁモテるという部類に入る人間だったので、当初は付き合っているなどというどうしようもない噂が流れたりしたのだが、それも過去の話だ。亮にしてみれば、喧嘩友達みたいなものだ。
(って、俺喧嘩別に好きでやってるわけじゃねぇんだけどな……)
自分で思いついた考えに自分で突っ込みを入れ、いつのまにか始まっていた午後の授業を軽く聞き流しながら、亮は頬杖をついて窓の外に視線を投じた。しばし考え事に没頭する。
(……昨日の、「閻魔」とかいったな……事件って、なんだ?)
亮が「神子」らしい「神子」に会ったのは、「閻魔大魔王」がはじめてである。今まで何となくで神子の能力を使っている人間は見かけたことがあるし(主に喧嘩でだが)、このクラスにも「神子」らしい奴は何人かいる。さっきの――紅音も、「神子」であるようだ。しかし、守護獣を具現化までさせたのは、奴だけだ。
彼の様子だと、「神子」はこの世界に多く存在するようだ。でなければ、こんなにも自分の周りに「神子」が集まっている意味が判らない。一日に2回も「神子」の能力を目にするなんて、そうそうないだろう。
そんな話の延長だから、やっぱりその事件とやらも、「神子」絡みなのだろう。亮に「神子」の知り合いはいないから、やっぱり。
(……「閻魔」から聞き出さないと駄目か)
はぁ、と憂いたため息をつき、亮はそろそろキレそうな教師の視線に気づいて、仕方なくノートを広げた。
がみがみと五月蝿い紅音を振り切り、亮は学校を出た。とりあえずどうしようか、と考えて、影を通すのは癪だから自力で見つけ出してやろうとまず廃ビルに忍びこんだ矢先だった。
「オイ、一之瀬ェ」
聞き覚えのある声に、亮は振り向く。コンクリートが剥き出しで、割れたガラスだらけのそこは、音が無駄に響く。周りを見回して、声をかけてきた人間を見つける。
「……長島?」
「昨日はよくもやってくれたなぁ」
にやにやと笑い、長島は寄りかかっていた柱から離れた。脱色したせいで荒れ、スカスカで軽くなった髪の毛が動く。
「……で、一人でその仕返しをしに来たワケか?やられたことしか覚えてないくせに」
「うるせェ。今日の俺は一味違うんだよ」
なにか、嫌な予感がした。
鞄を床におき、亮は身構える。その様子に満足そうに喉の奥で笑い、長島はポケットに突っ込んでいた手を持ち上げた。
「目ン玉かっぴらいてよォく見ろよ一之瀬……これが俺の力だァア!!」
長島の瞳が縦長に細くなり、灰色がかった水色へと色を変えた。やつを中心に突風がおこり、積もった埃を巻き上げる。
亮はとっさに、「力」を使った。風を"無効化"させる。
(おかしい……あいつ、昨日は会話も出来てなかったのに、いきなりこんな……!!?)
「力」は本来、強力にしようと思えば思うほど、守護獣が勝手に具現化する。「力」を押さえきれないが故に、余分な分の力によって、そうなってしまうのだと、白楼から聞いた。
(あいつの「力」は元からそんなに強くないはずだ……なのに守護獣が具現化しないなんて、そんなわけあるか!!?)
「っおオォォォァらァッッ!!!!」
空気の塊を、長島が放った。かなり特大だ。音が建物を震わせる。
「……ッ!!」
足の置場を替える。ただ冷静に、念じればいい。それが能力の扱い方。
「――消えろ!!」
両手を塊に向って突き出す。塊は見えない壁とぶつかって、亮の目前で消えていく。弾け、霧散する。
「虚無」の能力。全てを白に、全てを無に。亮の、白楼の、「力」。
だがしかし、完全に消滅しても、体力、精神力の消費は激しい。
――亮
「……んだよ」
――消せ
「……何を」
――……
頭の中に響く声。はっとして、亮は視線を上げた。それから瞼を軽く伏せる。
「……わかった」
そう呟くと、彼は弾かれたように駆け出した。「神子」ゆえの身体能力。亮を一瞬見失った長島の後ろに回りこみ、後頭部に手を当てる。
「悪ガキは家で寝てろ」
「!!!」
長島が勢いよく振り返るが、時既に遅く、彼はそのまま倒れた。気絶したようだ。
亮がやってのけたのは、守護獣と「神子」の"繋がり"を消す、という荒業である。
「神子」はもろい。守護獣が消えれば、「神子」はバランスが保てなくなり、死ぬ。だから、長島から守護獣の能力の繋がりだけを切り放したのだ。力が回復するのは、明日か何年後か、いつになるかはわからないけれど。
「けど……いきなりなんなんだ……?覚醒もきてないのに」
呟くその声に、答えはなかった。
「あー、失敗かぁ。ま、しょうがないかあんな雑魚じゃ」
男は腕組みをして、はふぅとため息をついた。黒い髪が風にはためく。
「さて、次はどうしようかなぁ。どうしたら……気付いてくれるかな?」
楽しそうに笑って、男はその場から消えた。
【20060527 ブログ「黄昏は雨の日に」より】