THE CHILDREN OF GODS.
―しろくろ。―
1/見聞屋
亮には、人を惹きつける「何か」があった。
おかしな能力のことを、知る者もいた。けれど、彼らは亮をそんな理由で突き放したりしなかったし、彼らにとって亮は――そう、「憧れ」の対象だった。
かといって、亮は親友を持っていなかった。自由気ままに生きる彼に、そんな窮屈なものはいらなかったのだ。それがまた、周りの人間を惹きつける材料となるのだけれど。
友達なんて、面倒なだけだ。
「あー疲れたっ」
昼間のバトルを思い出し、風呂から上がった亮はベッドに倒れこんだ。部屋の電気をつけることすら面倒で、そのままぐったりと横になる。
頭の中で、声がした。
「……あんま力使わねぇもんな。そりゃ、心身ともに疲れてるけどよー」
声は次第に、鮮明になっていく。これは、夢へ堕ちる直前の証拠。
――……う、……意し……
「んー……?何が……」
今夜は満月だ。窓の外から洩れる月明かりは眩しくて、でも何かがそれをさえぎって……。
――亮。「視」られてる
その言葉に、はっと目を開く。最初に捕らえたのは、紅の双眸。
「………………………………ッ!!!!!?」
叫ぼうとしたのに、声が出なかった。胸の上に乗っている黒くて丸いそれに重さは無いが、起き上がれない。黒いそれは蛙のような手足をぴょこぴょこさせ、亮の体の上を跳ね回る。
「おいおい影藤(カゲフジ)、あんまはしゃぐなよ」
「っ!!?」
ここにきて初めて、亮は枕もとに男がいることを知った。声が出ないのも、その男が口を押さえているからだとわかった。それだけかどうかはわからないが。
「叫ばない?」
サングラスをかけたその男がそう聞いてきたようなので、とりあえず亮は首を縦に振った。男はにいっと笑って、手を離す。
上体を起こし、男と間合いをとる。いくら自分が眠りかけていたからといって、喧嘩慣れしている亮に、気付かれずに部屋に入るなんて――只者じゃない。
「あんた――誰だよ!!」
「まぁ、そう来るのが普通だろうな。窓鍵開いてたから勝手に入ってきちまったけど、やっぱ駄目か」
「あたりまえだ!!だいたいここ、四階だぞ!!?」
一之瀬一家が住んでいるマンションは、壁にもこれといって凹凸がなく、今まで上の階には泥棒が入ったことなどあまり無い。四階ともなれば、さらにその上を行く。
「『神子』にそんなん関係ないだろ」
「え……」
「神子」。なぜそれを、この男が。
「あ、自己紹介まだだったな。俺は『閻魔大魔王(エンマダイマオウ)』」
「……何ふざけたこと言ってんだよ」
「ふざけてねぇよ。ま、これは俺の仕事上の名前だけどな」
「仕事?」
月の光が男――「閻魔大魔王」を照らした。余裕の笑みを口元に見せ、彼は言う。
「俺は国際見聞屋、『閻魔大魔王』だ。依頼により、一之瀬亮――まぁ、お前を調べにきたって訳だ」
どこからともなく、先ほどの黒いモノが現れた。それは「閻魔大魔王」の肩にのり、亮に目を向けた。
「俺を調べる?どうやって」
「『神子』の力を使って、だ」
頭痛がしてきた。
「………………お前?」
「お前意外と頭悪いんだな。俺も『神子』だ、お前と同じ」
黒くて丸いソレが、「閻魔大魔王」を見た。
よく考えたら、その未確認生物は――。
「守護獣(シュゴジュウ)……」
「お、正解。これ、影藤な。能力は見聞」
余計頭が痛くなった。
亮はくらくらしながら、「閻魔大魔王」に問いかけを試みる。
「……普通そういうアブナイ仕事人って、表に顔出さないんじゃないのか」
「まぁ、普通はな。でもお前全然力使ってくれねぇから、思わず。受けた依頼は完璧にこなしたいしな」
力、ということは、依頼主は「神子」がらみの人間。
「じゃあなんで今日来たんだよ」
「夕方の乱闘、お前の影通して『視』せてもらったから。力使ったろ。それに今日月が明るかったから」
「『視』……って、隠しカメラよりタチ悪ィじゃねぇかよ……」
つまり、ほぼずっと、行動の全てを見られていたということか。
「長島は?」
「ん?ああ、すぐやられちゃったあっちの子か。あいつ守護獣と『会話』できてないな」
「でも力使ってたじゃねぇか」
「力は覚醒せんでも使えるだろ」
つまるところ、「神子」狙いなワケでなく、ピンポイントで、亮。
「……なんで俺なワケ」
「それは知らん」
言葉がでなくなった頃を見計らい、「閻魔大魔王」はまたにやりと笑う。
「なぁ、守護獣具現化させて見せてくれよ。ついでに力の概要も」
「やだね」
さらりと返され、男は口を開き損ねる。黒いへんなソレ――影藤というらしい――がもぞもぞと動いた。
「ま、俺諦めねぇけどな。ずっと『視』てるつもりだし、今起こっている事件について、お前も俺が必要になるだろうしな」
「事件?」
そう問いかけるが、「閻魔大魔王」は既に其処にはいなかった。ただ、空気だけが妙に震えていた。
「……そういえばあいつ、『影』無かったな」
亮は、ふと窓を見る。鍵は、かかっていた。
疲れが頂点に達していた彼は、もはや全ての思考をストップさせ、ベッドに深く沈んだ。
【20060527 ブログ「黄昏は雨の日に」より】